「長年役員として会社に貢献して来たから、退職金はたくさんもらいたい!」
「役員退職金は税金が優遇されていると聞いたけどホント?」
こんな疑問や考えを持っている方はきっと多いでしょう。特に中小企業の創業者ともなると、自分で会社を作って育て上げた訳なので、引退するときはそれ相応の退職金が欲しいところですよね。
しかし税金面で考えると、役員退職金をもらう側は税金が優遇されていますが、支給する会社側としては高過ぎると問題が生じます。
そこで、ここでは役員退職金の税金計算方法や適正な支給額の考え方について見ていきましょう。
役員退職金とは?

まずは「役員退職金とはなんぞや」という点からですが、読んで字の如く「役員に対する退職金」です(役員退職慰労金とも言います)。役員とは会社でいう取締役や監査役などですね。
役員退職金は、役員として会社の経営に携わり会社の発展に貢献してくれた対価として退職時に支給するものです。要は従業員に対する退職金の役員版ですね。
但し、法人税法上は登記上の役員よりも範囲が広く、以下の者を指しています(②と③は「みなし役員」と呼ばれています)。
- ①:法人の取締役、執行役、会計参与、監査役、理事、監事及び清算人
- ②:①以外で、法人の使用人ではないのに法人の経営に従事している者(相談役や顧問など)
- ③:①以外で、同族会社の使用人で一定の要件を満たした者のうち、その会社の経営に従事している者
(参照元:法人税法第2条、法人税法施行令第7条・71条、法人税法基本通達9-2-1)
「登記簿上は取締役として記載されていないから、退職金を払っても役員退職金に該当しない」と判断すると間違える可能性もあるので、経営に従事しているかという実態もチェックする必要が有りますね。
みなし役員制度の詳細については下記記事をご参照下さい。

役員退職金は赤字決算でも支給出来る?

役員退職金は赤字決算だと支給してはいけない、という決まりは有りません。従って、支給原資が有り、総会の承認が得られる限りは支給してもOKです。
但し、役員退職金は一般的に多額になりがちなので、支給前は黒字でも支給によって一気に赤字に転落する事も十分有り得ます。金融機関から融資を受けている会社の場合は、赤字を嫌がられる可能性が高いので支給を決定する前に金融機関に相談する事をオススメします。
なお、赤字だと役員退職時期が近づいて来ているのに支給原資が用意出来ないという事態になりかねませんので、保険なども活用しながら支給原資を用意しておきましょう。
役員退職金の支給には役員退職金規定と株主総会の承認が必要!株主総会議事録もしっかりと残す!

従業員に対する退職金は、退職金規程が有ればそれに従って支給する事が出来ます。しかし、役員退職金を支払う場合は役員退職金規程に従っている事だけでなく、株主総会の承認も得る事が必要です。
役員は株主総会で就任が承認されてなるものですし、一般的に役員に対する退職金は従業員に対する退職金と比べると高額になりがちなので、会社にとっては重要な判断事項ですからね。
役員退職金の支給については、税務調査でも問題になりやすい箇所なので、規程や議事録はしっかりと作成して保存しておく様にしましょうね。特に、中小企業では株主総会を開催しないケースも多いでしょうが、役員退職金に関しては少なくとも議事録は作成するようにして下さい。
役員退職金は損金処理できる?損金算入の時期は?

法人が役員退職金を支払った場合、適正な金額であれば損金算入する事が出来ます(法人税法第34条)。そして、役員退職金の損金算入時期は、以下の通りです(参照元:No.5208 役員の退職金の損金算入時期|国税庁)。
- 原則・・・株主総会の決議等で退職金の金額が具体的に決定した事業年度(役員が退職した事業年度とは限りません!)。
- 例外・・・役員退職金を支給した事業年度に損金処理をした場合は、支給した事業年度。
退職金の具体的な金額が決まる前の事業年度に未払計上をしても、損金算入は認められないので注意して下さい!
ちなみに、将来の役員退職金支払いに備えて「役員退職引当金」を計上する事は可能ですが、役員退職引当金は税務上は損金不算入です。
補足:退任する取締役が1人だけの場合、株主総会で退任する役員に支給される役員退職金の額が明らかになってしまうのを嫌う方もいます。
そこで、株主総会で役員退職金の支給総額を明示せずに、取締役会に詳細な金額や支給日などの決定を一任するという決議を行う事も認められています。実務的にはこちらの方法を採用している企業の方が多いです。
役員退職金は特別損失に計上しよう!
一般的に、従業員に対する退職金は「販売費及び管理費(販管費)」に退職金として計上します。
一方で、役員に対する退職金は「特別損失」に役員退職金として計上します。これは、役員退職金がそうそう頻繁に発生するものではなく、しかも支給額が多額になるケースが多いので、特別損失の条件である「臨時多額の損失」に該当する為ですね。
役員が頻繁に入れ替わり、役員退職金の発生が常態化している会社の場合は販管費に計上しても良いでしょうけど、そんな会社はそもそも微妙ですね・・・。
役員退職金の適正金額の相場や適正金額の算出方法は?

役員退職金として支給する金額は、会社が自由に決める事が出来るので特に制限は有りません。創業者など会社に多大なる貢献をした役員に対しては多額の役員退職金を支払っても良いでしょう。そういう意味では、相場という考え方は役員退職金に関してはあまり馴染まないですね。
但し、役員退職金として支給する金額と損金算入が出来る金額とは別の話です。上述したように、役員退職金の金額は適正な場合のみ損金算入が認められるもので、適正な金額を超える部分については損金不算入となります。
では、適正な役員退職金の金額はどうやって決めるのでしょうか?
この点について反対に、「過大な役員退職金とはどういう退職金の事なのか?」が法人税法施行令第70条第1項2号で定められているので見てみましょう。
内国法人が各事業年度においてその退職した役員に対して支給した退職給与の額が、当該役員のその内国法人の業務に従事した期間、その退職の事情、その内国法人と同種の事業を営む法人でその事業規模が類似するものの役員に対する退職給与の支給の状況等に照らし、その退職した役員に対する退職給与として相当であると認められる金額を超える場合におけるその超える部分の金額
要は、役員としての在任期間や同規模の同業他社の支給状況などから総合的に判断して過大な金額は”過大な役員退職金”とみなしますよって事ですね。
少しふわっとした規定ですが、同業他社の支給状況なんて普通の人は知り得ないので、一般的に適正な役員退職金額は以下の計算式で算出する事になっています。
最終役員報酬月額×役員在任年数×功績倍率
なお、この支給方式は法律で決められている訳では無いので、これ以外の方法でも合理的な方法で適正な金額を算出していれば問題有りません。とはいっても、合理的な方法を1から考えるのはなかなか大変なので、多くの会社がこの方法を採用しているのが実情ですね。
以下で、計算要素のそれぞれの意味について見てみましょう。
最終役員報酬月額〜退任直前だけ報酬を上げるのはダメ〜

最終役員報酬月額は役員が退職する直前の役員報酬(月額)の事です。つまり、役員報酬額が多ければ多い程、役員退職金として支給出来る金額は増えるという事ですね。
逆に、役員退任時に役員報酬を支給していない場合は、いくら役員としての在任年数が高く会社に貢献していたとしても、役員退職金を損金算入する事は認められません(損金不算入で良ければ支給自体は可能)。
ここで、役員退職金の額が退職直前の報酬月額で決まるのであれば、「最後のひと月だけ報酬を増額すれば良いのでは?」と思うかもしれませんが、それは駄目ですよ!
「役員退職金として損金算入出来る金額を増やす為に、最終役員報酬月額を増やした」と税務署に判断されると、損金性を否認される可能性が一気に高くなります。基本的には、退職前1年以上は同じ役員報酬を支払っておくのが好ましいでしょう。
役員在任年数〜役員として登記されていた期間で決まる〜
役員在職年数は、役員として登記されていた期間の事です。「常勤か非常勤か」「役員報酬をもらっていたか否か」という点は関係ありません。
なお、在任年数に1年未満の端数が有る場合に切上するか切捨てするかなどは、役員退職金規程で決めればOKです。当然ですが、端数切上にすれば役員退職金の支給額は増える事になります。この点についてどちらを選んだからといって、税務署にとやかく言われる事は無いでしょう。
功績倍率〜一般的には2〜3倍が妥当〜

功績倍率は、役職や貢献度に応じて役員退職金の額に上乗せする為の値です。これが高いと役員退職金の額も上がります。
功績倍率については、法律で決まっている訳では無いので会社が独自に役員退職金規程で決める必要が有ります。
「だったら、功績倍率を10倍とか100倍にすればいくらでも増やせるじゃないか」と考えてしまいがちですが、残念ながら功績倍率には相場があり、おおむね以下の値程度に設定するのが一般的です。
役職 | 功績倍率 |
---|---|
代表取締役 | 3.0 |
専務 | 2.5 |
常務 | 2.5 |
取締役 | 2.0 |
監査役 | 2.0 |
(非常勤)取締役・監査役 | 1.0 |
中には、功績倍率7.5倍が認められた裁判事例があったり(東京高判昭和52年9月26日(税資95号597頁))、そうかと思えば国税不服審判所の裁決で1.9倍が妥当とされた例も有ります。一応の目安としては上記で示したものになりますが、あくまでも目安に過ぎないという事は覚えておきましょうね。
以上で見て来た様に、役員退職金の適正額は「最終役員報酬月額・役員在任年数・功績倍率」の3要素を掛けた金額で決まります。
簡単な計算例を見てみると、例えば最終役員報酬月額が100万円、役員在任年数10年、功績倍率3倍だった場合の適正額は、3千万円(=100万円×10年×3倍)という事ですね。
なお、特別に会社への貢献度が高かった役員の場合は、規程で定める事で「功労加算金」として役員退職金の金額に一定の倍率を掛けた金額を支給する事も可能です。但し、その場合は最終的な支給額を基に過大かどうかの判断がされるという点は覚えておきましょう。
つまり、結局は「最終役員報酬月額×平均功績倍率×勤続年数>退職慰労金+功労加算金」である必要があるという事ですね。
この点については、大分地方裁判所の判決で以下の様な説明がされています(一部読みやすく編集しています)。
功績倍率を基に計算された範囲内での役員退職給与であれば相当であると認められるものの、これを超えた部分については名目の如何にかかわらず、過大な役員退職給与として損金算入を認めることはできないので、退職慰労金とは別に支給しても合理的であるとの原告の主張は採用できない。
税務訴訟資料 第259号-34(順号11147)ー国税庁
役員退職金(退職所得)の税金はどうやって計算する?

役員退職金に限らず従業員への退職金でもそうなのですが、退職金は所得税や住民税が優遇されています。
どう優遇されているかを退職所得の計算式から見ていきましょう。退職所得の計算式は以下の通りです。
退職所得=(退職金-退職所得控除)×1/2
注1:退職手当等が特定役員退職手当等(※)である場合には、1/2課税は不適用です。
注2:勤続年数が5年以下の従業員等については、令和4年分所得税から、退職所得控除額の控除後の残額が300万円を超える部分について1/2課税が不適用です。
※:特定役員退職手当等とは、役員等勤続年数が5年以下である者が、退職手当等の支払者から、その役員勤続年数に対応する退職手当等として支払を受けるもの
まずは、退職所得控除について。
給料や役員報酬は税金を計算する際に「給与所得控除」が差し引かれますよね?それと同様に、退職金からも「退職所得控除」が差し引かれます。
退職所得控除の計算方法は以下の通り(所得税法第30条第3項)。
勤続年数 | 退職所得控除額の計算方法 |
---|---|
20年以下 | 40万円×勤続年数 (最低80万円) |
20年超 | 800万円+70万円×(勤続年数—20年) |
注1:勤務年数に1年未満の端数があるときは、1日でも1年として計算。
注2:障害者となった事が直接の原因で退職した場合は、上記計算式の計算結果に100万円を加算。
例えば、勤続25年の方であれば、1150万円{=800万円+70万円×(25年—20年)}までは税金が全くかからないという事ですね。
そして、退職所得の計算式にある様に退職所得控除後の数値をさらに2分の1にしてくれる、というサービス付きです。
例えば、勤続25年の方が退職金を1600万円もらった場合、退職所得の金額は225万円{=(1,600万円—1,150万円)×1/2}となり、この退職所得225万円に対して所得税や住民税が課税されます。

退職所得に対する所得税は、他の給与所得などに対する税金と同様に、所得税の速算表を使用して計算します(所得金額×A-B)。
課税所得金額 | 税率(A) | 控除額(B) |
---|---|---|
195万円未満 | 5% | 0円 |
195万円以上330万円未満 | 10% | 97,500円 |
330万円以上695万円未満 | 20% | 427,500円 |
695万円以上900万円未満 | 23% | 636,000円 |
900万円以上1,800万円未満 | 33% | 1,536,000円 |
1,800万円以上4,000万円未満 | 40% | 2,796,000円 |
4,000万円以上 | 45% | 4,796,000円 |
従って、退職所得が225万円の場合は、127,500円(=2,250,000円×10%—97,500円)ですね。平成25年〜令和19年までの間は、これに復興特別所得税の2.1%が上乗せされるので、最終的な所得税額は130,177円です。
また、住民税は退職所得金額の10%なので225,000円(=2,250,000円×10%)となります。
所得税と住民税の合計は355,177円で、退職金1,600万円に対する税金の割合はわずか2.2%ですね。退職金がいかに税金上優遇されているかが分かりますね!
特定役員退職手当が含まれる場合の役員退職金の計算式
特定役員退職手当等とは、役員等としての勤続年数が5年以下(勤務年数は月未満の端数切上)である者が、退職手当等の支払者から、その役員勤続年数に対応する退職手当等として支払を受ける退職金の事です。
退職所得=特定役員退職手当等の収入金額―退職所得控除額
基本的な計算式は上記の通りです。お気づきの通り、特定役員退職手当等には普通の退職所得ならある「1/2課税」が不適用となります。これに、従業員時代の退職金があったり短期退職手当等があったりすると重複期間の控除などを行わなければならず計算は更に煩雑になります。
計算事例は、下記の国税庁のホームページで豊富に記載されているのでそちらをご参照ください。
【補足】みなし退職時の役員退職金支給について〜ポイントは分掌変更の有無〜

役員退職金は、役員を実際に辞任(退任)したときに支給するのが原則ですよね。
しかし、例外として役員が退任していなくても退職金を支給し損金算入出来る場合が有ります。それが「みなし役員退職給与」と呼ばれるものです(参照元:No.5203 使用人が役員へ昇格したとき又は役員が分掌変更したときの退職金|国税庁)。
具体的には、以下のケースが該当します。
- 常勤役員が非常勤役員になった
- 取締役が監査役になった(ただし、使用人兼務役員として認められない大株主である場合は除く)
- 分掌変更後、役員の給与がおおむね50%以上減少した
但し、上記に該当したとしても実質的に会社の支配権を持っていたり、経営上主要な地位にある場合は対象外です。例えば、代表取締役である父が息子に代替わりする際に、非常勤取締役となったものの、実際には支配権を父が持っていた様なケースですね。
みなし退職金については税務調査でも厳しく見られる点なので、損金算入が可能かどうかは事前に確認しておいた方が良いでしょう。
役員退職金ではないですが、従業員が役員に昇格する場合、一度従業員としての雇用契約を解消し取締役として委任契約を結ぶ事になるので、その際に退職金が支払われる事が有ります。この退職金は、従業員としての地位に基づいて支給されるものなので損金算入が認められます。
また、使用人兼務役員(取締役営業本部長など)が役員の地位のみになった場合に、使用人兼務役員だった時期に対して支給する退職金は、役員退職金には該当しません。
【補足】打切役員退職金とは?損金算入は可能?

法人が解散した場合、通常は役員がそのまま清算人として就任し、清算事務を行います。
通常、役員退職金は役員が退任した際に支給されるものですが、法人が解散した場合は厳密には退任したとは言えません。しかし、解散時に支給される解散前の期間に対する退職金は、例外的に役員退職金として損金算入が認められています(参照元:所得税基本通達30-2(6))。
一方で、役員退職金規程のある会社が業績不振などにより規程を廃止し、廃止時にそれまでの職務執行の対価として役員退職金を打切支給する事が有りますが、これは役員退職金として損金算入する事は出来ません。
役員退職金は、役員が退任した際に支給されるものだからですね、原則通りの扱いがされるという訳です。従って、実務上は「役員賞与」の支給として損給不算入となります(参考:役員退職慰労金制度の廃止による打切支給の退職手当等として支払われる給与|国税庁)。
まとめ
役員退職金について、税金の計算や損金性などについて見て来ました。簡単にまとめると以下の様な感じですね。
- 役員退職金は会社の決算が赤字でも支給可能だが、融資を受けている場合は注意が必要。
- 役員退職金を支給する場合は役員退職金規程を整備し、株主総会の承認を得て議事録もしっかりと残しておく。
- 役員退職金は「支給額が決定した事業年度」もしくは「実際に支給した事業年度」に損金算入。
- 役員報酬の損金算入可能額は「最終役員報酬月額×役員在任年数×功績倍率」で決まる。
- みなし退職時の役員退職金は損金算入可能なケース有り。
役員退職金は、多額になるケースが多く支給後の会社の資金繰りを圧迫する事が多いです。また、税務調査上も問題になる事の多い箇所なので、前もってしっかり計画を立てておくようにしましょうね。
なお、複数の会社から退職金をもらった場合、退職所得控除の計算が若干ややこしくなります。この点については下記記事で解説しているので、参考にして下さい。
